|
|
|
聖徳太子といば奈良・斑鳩というイメージがあると思いますが、実際に太子の足跡や史跡を辿れば
大阪・南大阪に意外なほどたくさんの縁の場所にあたることができます。
(大化の改新直後に、都は飛鳥から一時難波宮に移されましたね。現在大阪歴史博物館のあるあたりです)
南河内太子町一帯は竹内街道で飛鳥と非常に密接に結ばれていました。
ダンナは山岸涼子さんの『日出処天子』を読んだことがあるそうな。一世を風靡した感じのある、凄い漫画。
(と言いつつ私は最初の3巻くらいしか読んでないような気が。ファンのかたすみません。)
しかし他の本を読み込んだわけではなく、ヤツはかなり偏った知識が植え付けられているといえなくもない。
かく言う私も、梅原猛さんの著作を何冊か読んでいるのでこれまた
教科書的な日本史の本流からはかなりハズれた印象だらけ。
以前太子町を訪れましたが、金鉄太子駅からは二上山を仰ぐことができ、神さびた感じをうける土地でした。
国道25号線で大和川を越え二上山を眺めつつ、葛城方面に抜けるルートが大好きです。
…とと、脱線してしまいました。それでは四天王寺をどうぞ。
|
|
|
|
平野から国道25号線を大阪市内方面ヘ向いました。いつも混んでいる道です。25分くらいかかったかな。
名神高速から行かれる場合は、豊中ICから環状線へ入り、夕陽丘ランプを出てすぐです。
推古天皇元年(593)に太子により創建されました。
昭和20年の空襲により伽藍の大半は焼け落ち(ドチクショウですね)、
現在の建物は昭和30年に建て直されたものがほとんどです。
しかし、伽藍配置は飛鳥時代創建当初のままであり、とても貴重なものです。
一枚目は南大門を入ってすぐの場所から。背後にチラリとマンションが見えます。町の中ならではですね。
二枚目は南端にある駐車場から。三枚目は西門方向から。
五重塔と金堂が一直線上にある伽藍配置です。
鉄筋づくりの塔にはのぼる事ができます。マジで足つりました。旅行の間じゅうプルプルしどおしでした(苦笑)。
|
|
|
回廊にて。中心の太い柱はエンタシス、歴史の授業でも習いましたね〜。
一部ガラス張りの場所があり、創建当初のものと思われる排水口跡を見ることができます!
右は一般公開されている庭園のようすです。お茶会されていました。 |
|
|
|
なんかな〜あまりいい写真ないですねえ。スミマセン。
講堂(北側)から眺めるの図。講堂には阿弥陀如来像、十一面観音像が祀られています。
壁いっぱいに仏教伝来の壁画が描かれています。
このほか、宝物館へ行きました。「四天王寺御手印縁起」などを公開していました。
色々な年代の太子像も展示されていました。教科書に載っていた、幼い頃の像も見られました。
奈良の春日大社にある無楽美術品と共通するものがたくさんありましたよ。
この日は特別なイベントとして、五木寛之さん、井沢元彦さんを講師に招いた講演会が開催されていました。面白そう!
地元の高校生たちがお芝居のビデオ撮影をしていて、テレつつも熱演されていましたよ〜。おそらく太子の生涯もの。
それにしても伽藍の戦火による焼失は惜しまれますね。
すべての人にゼヒにとはいいませんが、聖徳太子の足跡を辿る旅をされるかたは立ち寄るべき場所かと感じます。
舞楽の舞台は機会があったら見たいです!
次は一気に奈良へ。秋篠寺に続く予定です。
|